May 26, 2010

外壁塗装は地域密着が安心

外壁塗装をしている企業というのは、非常に多く存在することです。こうした中で、外壁塗装を依頼するのに、どのメーカーか迷う方はとても多いと思います。私は今までの経験により、この外壁塗装は地域密着の活動をしている会社に依頼をすることをお勧めします。安定感も断然違ってくると思います。
建築の三十年されている注文住宅。この家を建てる時に一番お金をかけないのは座敷。庭に面したカンヌ幅の廊下が両方の方向で。簡単ですが、床の間の幅は中。車も造られる。壁は、古風な土壁。建てた頃の土壁に比べて比較的であることがリフォームのときに現われた。すべてのことは、姑の希望を取り入れたものだが、問題は土壁。雨が降り続くと、座敷がフンゴンヒする。床の間版にはうっすらとカビが生えているものもあった。土壁が湿気を吸っているのではないか。せっかくの注文住宅、外観だけでなく、品質にもこだわりたい。
 山陽女学園中等部・高等部(廿日市市)管弦学部による第1回定期演奏会が19日、佐伯区五日市中央6の同区民文化センター大ホールで開かれる。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」やオッフェンバックの序曲「天国と地獄」など、なじみの曲を演奏する。入場無料。
 アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「オペラ座の怪人」組曲や、踊りが付いたマイケル・ジャクソンの楽曲も披露する。午後1時開演。申し込み不要。問い合わせは、同中等部・高等部(0829・32・2222)。

6月15日朝刊

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 警察や消防、防衛など危険を伴う業務に長年従事した人が対象の「危険業務従事者叙勲」の受章者が発表された。県内からは86人だった。さまざまな分野で長年の功績をたたえる褒章の受章者も発表された。県内からは10人。いずれも発令は4月29日付。

6月15日朝刊

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 ◇極限状態、支え合い
 「風呂敷一枚から(稼いで)建てた家。孫に残してやりたかった」。海岸線を走る高さ25メートルのJR気仙沼線を超えた津波に、国道45号沿いの住宅や商店、水産加工場などが根こそぎ奪われた宮城県気仙沼市本吉町。1階部分を波が貫通し解体を待つ自宅の前で、漁業、菅原馨さん(79)は、何度も繰り返した。
 腕のいい船頭として5月から夏までサケ・マスを追って北洋へ、8月から年末までは銚子沖に至る太平洋でサンマを取った。約20年前に養殖漁業に切り替え、「3月11日」はホヤとワカメの収穫が始まったばかり。漁港の船も破壊された。「海外の業者にもおいしいと評判で、年1000万円は売り上げた。ヒラメやタコに毎日1万円の値がつくのも楽しみだった。手足をもがれたようなもんだ」
    ◇
 140世帯430人が暮らす本吉町津谷・大沢地区では、21世帯72人がわが家を失った。道路も寸断され、地区は孤立。避難場所だった集会所も流され、大雪でずぶぬれの被災者は無事だった民家25軒に分かれて避難した。食材を持ち寄って炊きだしがスタート。お寺からローソクを集め、井戸や沢水を確保した。市中心部や南三陸町からの被災者を含め1軒当たり1〜4世帯、最大49世帯138人を受け入れる「民泊」方式の避難生活が始まった。
 馨さんの義弟で自治会役員の菅原梅男さん(67)らは、約3キロ離れた同市本吉支所に出向いて交渉。「個人宅は避難所として認められない」という職員を説得し、地元の牛乳販売店、熊谷孝さん(74)宅の倉庫に災害対策本部を設けた。被災者のニーズを把握し、ボランティア団体などに物資を依頼。袋や瓶単位で届く米やみそ、しょうゆなどを49等分するなど腐心した。本部の壁には、支援団体の名前とともに「皆さんに感謝しましょう。お会いした時は『ありがとう』」のポスターが掲げられていた。
    ◇
 馨さんが妻信子さん(76)、長女恵美子さん(50)、孫真さん(17)と身を寄せる梅男さん宅は、長男家族との6人所帯。震災直後は4家族計14人が避難生活を送った。居間の食卓には救援物資のおにぎりのほか、カツオのたたきやシラスの釜揚げ、サラダ、シチューなど心づくしの手料理が並んだ。
 家族の体験も重い。「家族全員を亡くした同級生もいるけど、チームプレーで支えたい」(高校サッカー部に所属する真さん)「2カ月、ほぼ不眠不休だった。妻は父親を亡くしたが、遺体が見つかったので良かった」(梅男さんの長男で、市役所職員の秀一さん)「あの日学校から帰れなかったので心配でたまらなかった。部活動後、毎日自衛隊のお風呂に入っている」(孫の中学生、岬くん、海くん)−−。
 極限状態の中、被災者同士が支え合う津谷大沢のコミュニティー。梅男さんは言う。「昔は海でワカメをとるのも田植え前の苗取りも、男も女も子供も総出で平等に分け合う『結っこ』だった。家をなくした人が仮設住宅に入るまで、支え合っていくのは当たり前」。5月21日、梅男さん宅の約40アールの水田で親類6人が集まって田植えがあった。馨さんは「塩水に畑がつかった近所の人たちの分まで、おいしい米を作りたい」。半農半漁の生活を少しずつ取り戻しつつある馨さんの日焼けした顔に、少し笑顔がともった。
    ◇
 東日本大震災の被災地・宮城県で5月末までの約1カ月間取材した。家族や住まい、仕事などそれぞれの生きがいを瞬時に奪われながらも、集落、家族同士で支え合う人々に出会った。厳しい自然環境の中、自ら衣食住を生み出してきた東北の人々の生きざまは、お金に依存する都会人にはないたくましさだった。「生き直し」を始めた人々の姿を報告したい。【中尾卓英】

6月15日朝刊

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